ロッキンバードはむせび泣く

音楽を中心として好きな物について語っていきます。

そうだ イギリスへ行こう! 2024年やりたい事

今週のお題「2024年にやりたいこと」

 


皆さんあけましておめでとうございます。

 

今年もはや8日が経ちました。

 

世の中暗いニュースが多いですがそんなのは無視して前向きに生きていきましょう。

 

こんな暗い世の中なので何か生きる希望のような物はないかなと思いながらYouTubeを漁っていたら、以前ジョンレノン幻のコンサートを再現した「サッカリン弾いてみたチャンネル」でまたまた面白い企画がありました。

 

今回はビートルズ聖地巡礼の旅という事で、イギリスはロンドン、リバプールを巡る旅行記を上げていたのです。

 

 

内容はロンドン、リバプール聖地巡礼で観光する物ですが、ビートルズに関する知識や、飄々とした語り口がおもしろくシリーズとして2動画あるのですが一気に視聴しました。

 


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今まで、数あるイギリス(リバプール)旅行動画を見てきても、特に自分も行きたいと思う事はなかったんですが、今回これらの動画を見て、初めてイギリスに行きたいと本気で思いました。

 

 

恐らくですが、今まで見てきた物はステレオタイプのイギリス旅行記で割と当たり前の内容だったからだろうと思います。

サッカリンさんの動画は何と言ってもビートルズ愛にあふれているのが大きな特徴です。マニアックと言えばマニアック、でもファンからすればかゆい所に手が届くとでもいいましょうか、見ているうちに自分が旅行しているような気分になりました。

 

そうこうしているうちに、サッカリンさんの動画の中でも、「何で私はイギリスに行っていないのだろうか」という疑問から訪英に踏み切ったとの事ですが、私も同じような気持ちになりました。

 

「自分も何でイギリスに行っていないんだろう。と・・・。」

 

そしてこう思った訳です。

 

「そうだ 俺もイギリスへ行こう!」と・・・。

 

実際には、金銭面、仕事面、時間面と相当ハードルは高いですが、2024年にやりたい事として、イギリスに行くことをあげたいと思います。

 

まあ、2024年が無理だとしても近い将来必ず実現したいと思っています。

 

その為には、旅費は? 休みは? パスポートは? 言葉は?といろんな問題が頭をよぎりますが、今はなんだかそれも楽しく感じます。

 

実現した際には必ず報告しますね。

 

ではまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年の瀬に聴きたい音楽#2 ジョンレノン (Just Like) Starting Over

早いもので2023年も今日で終わります。

 

静かに、安らかな気分で年越しを迎えたい所ですが、相変わらず世の中は暗くなるようなニュースばかり。まあ、気持ちだけは前向きにいきたい所ですね。

 

さて、今年はビートルズの新曲もリリースされたりと、ビートルズ周辺においても割と世の中をにぎわせた1年だったと思います。

そんな中、1980年にリリースされたこの曲はビートルズファンならずとも大きな意味のある曲と私は思っています。

 

 

アルバム「ダブルファンタジー」に収録されたこの曲はジョンの最後のシングルとなりました。アメリカでのリリースは1980年10月23日、日本では11月10日と

まさに亡くなる1か月ほど前に発表された事になります。

 

この曲はジョンの最後のシングル曲ですが、世間的にはあまり認知がされていないようにも感じます。ジョンのソロでの代表曲といえば「イマジン」に集約され、ジョンレノンを語る上でのステレオタイプ的なイメージを形作っており、個人的にはやや納得いかない感じがしています。

 

さて、この曲(アルバム)はジョンの約5年に及ぶ主夫生活から、いよいよ再活動を始めるという意気込みで発表されました。

 

本来であればまさに”これから再出発”だった訳です。

 

 

 

しかし、その夢は絶たれました。

 

ですが、今もそのメロディや、歌詞は我々に訴えかける物があります。

 


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一般的にこの曲の歌詞は、ヨーコとの事を歌っていると言われますが、

この歌詞がポールへ向けた歌詞だったのではと考察された方がおりました。

東京ヒルトンさんという方のこの記事はとても秀逸だと思います。

 

「(Just Like) Starting Over」について、共に歳をとった人達へのジョンからのメッセージという解釈がされ、日本語訳付きで歌詞が紹介されたんですが、その日本語訳が私にはしっくりきませんでした。

細かい言葉は違いますが番組内での日本語訳は、おおよそ以下のようなものでした。

Our life together is so precious together
僕たち二人一緒の人生は尊い

We have grown, we have grown
僕たちは成長した、僕たちは成長したんだ

Although our love is still special
僕たちの愛は特別だけれど

Let’s take a chance and fly away somewhere alone
チャンスをつかんで、二人でどこか遠くに飛び立とう


「fly away somewhere alone」は本当に「二人でどこか遠くに飛び立とう」なのか? 

私が気になったのは、そこでした。

 

と一般的な翻訳への違和感を綴っております。そして下記のように考察していきます。

 

「alone」についてはWikipediaでは

「歌詞中の『alone』を『一人きりで』と間違って訳されたものがあるが、主語は『Let's (=Let us) ~alone』『we ~alone』と複数なので『(他には誰もいない)僕達だけで』というのが正しい意味である」

と書かれているのですが、「Let's (=Let us) ~alone」ではなく「Let's (=Let us) ~. …alone」という風に、「alone」の前でいったん文章が終わり、「somewhere」の後に「alone」を独立して付け足したように感じたんです。

White Album」の「Revolution」で「Don't you know that you can count me out」の後に、シングル版にはなかった「…in」を付け加えたみたいに。

「Let’s take a chance and fly away somewhere」という歌詞は曲の最後にもう一度出てきますが、その時は「alone」は付いてないんですよ。
もし「alone」が言葉の通り「一人で」「一人ぼっちで」の意味だったとしたら…

そう考えた時にハッとしたのです。

この歌詞はジョンからポールへのメッセージなのではないかと。

 

そしてこのように続きます。

 

そういう気持ちで歌詞を読むと、以下のように読めます。

Our life together is so precious together
僕たち二人一緒の人生(ビートルズ)は尊い

We have grown, we have grown
僕たちは成長した、(ビートルズを解散してから)僕たちは成長したんだ

Although our love is still special
僕たちの愛(ビートルズ)は今でも特別だけれど

Let’s take a chance and fly away somewhere alone
チャンスをつかんで(バンドから解き放たれて)、各々ソロで羽ばたこうぜ


1980年のポールはというと、1月に日本で大麻所持のため逮捕されてからウイングスの活動を休止して、5月にソロアルバム「MacCartney Ⅱ」をリリースしています。

「俺も音楽活動を再開するから、お前もソロで頑張れよ」

と、ポールに向かってジョンが呼びかけているように思えませんか?

そう考えて続きの歌詞を読めば、ビートルズファンの胸にはグッときますよ。


It’s been too long since we took the time
二人で時を過ごしていた頃(ビートルズの頃)から随分と経ってしまったけれど

No one’s to blame, I know time flies so quickly
それは誰のせいでもなく、時が経つのが早いだけさ

But when I see you darling
でもお前に会ったら

It’s like we both are falling in love again
またあの頃のように一緒に(音楽を)やりたくなるのさ

It’ll be just like starting over, starting over
またやり直したくなるんだよ

こんな風に読めてしまって、番組を観ながら私はうるうるしてしまいました。

 

と締めくくっています。これを読んでこの説がほぼ間違いないのではないかと私もおもいました。

その証拠ではないですが曲中こんな歌詞も出てきます。

 

基本的にはオノ・ヨーコへ向けたメッセージソングであるが、歌詞の一部に「It's time to spread our wings and fly Don' let another day go by my love It'll be just like starting over」と集中的にポール・マッカートニーに関連する言葉を入れていることから、ポールを意識している可能性が示唆される

 

皆さんはどう思いますか?

 

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに、2023年もあと8時間ほどとなりました。

 

 

この暗い世相に嫌気がさす人もいるかと思いますが、でも、もしジョンが生きていたらこう言うのではないでしょうか。

 

 

 

 

 

「2023年は散々だったな、2024年は良い年にしようぜ!」

 

 

 

 

 

 

では良いお年をお過ごしください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイ・フィール・ファイン 革新的ギターサウンドの魅力

中学生の頃からロックを聴いてきた中で、幾多の名曲や伝説的なリフを聴いてきておりますが、この曲ほど革新性に満ちたサウンドはあまり無いのではないでしょうか。

 

イントロの「フィードバック」もそうですし、いわゆる「リフ」という概念も一般化したのもこの曲と一部で言われておりますが、それも言い過ぎではないかと思います。

 

 

まず「フィードバック」という、そもそもノイズとしてしか捉えられていなかった物を

サウンドの一つとして昇華させた事は、後の音楽シーンに多大な影響を与えている事は

間違いありません。

 

ネット等で言われているこの曲のフィードバックは、まずベースでAの音を出し、その後でジョンのギブソンJ160Eで5弦開放弦を鳴らし、アンプに対して正面にギターを置いてフィードバックを出しているとの事。

 

このように実際に再現した事もすごいですが、これをレコーディングに採用した事自体が彼らの類まれなる音楽的センスを感じてしまう所ですね。

 

さてリフに関していえば、この曲は1961年に発売されているボビー・パーカーの「ウォッチ・ユア・ステップ」という曲をモチーフにしたと言われております。

 


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確かに、リフ、リズムともにそっくりですので恐らくこの曲から影響を受けた事は間違い無いでしょう。

そしてこの曲自体もレイチャールズの「ホワッド・アイ・セイ」に影響を受けて作られたと言われている為「リフ」とう物自体は黒人ブルースが発祥である事は間違いありません。

 


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ただ、いわゆる白人のアイドルグループであるビートルズが、自身の曲でこれらをとりいれた事による音楽的は影響は計り知れず、エポックメイキング的な出来事という事は間違ってはいないでしょう。

同時期に出てきたキンクスストーンズらとともにお互い影響を請け合いながら、いわゆるブリティッシュ・インヴェイジョンとして世界を席巻していった訳です。

 

 

 

さてそんなアイフィールファインを今回演ってみました。

この曲で何が難しかったかってまさにジョンのリフです。

 

 

とにかく指が届かない(笑)

 

 

レコーディング技術を駆使し、何とかそれっぽくなっていますが、実際には

全然弾けてません・・・。

ギターのサイズなどもあるかも知れませんが、何気にジョンのギタープレイは難しいとここでも言える訳です・・・。

 


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フィードバックなども再現したつもりです・・・。

まあ、温かい目で見てやってください・・・。

 

 

ではまた。

 

 

 

酒と、泪と、ストーンズと・・・。

春は別れの季節といいますが、私が勤めている会社は真冬の今が別れの季節となります。

 

それというのも、私の勤めている会社は12月決算の為まさにこのタイミングで辞令が出る訳です。

 

今回の辞令により7年ほど一緒に仕事をしていたが同僚が転勤となりました。

同僚といっても10歳近く年上で、まあいわば大先輩の部類となります。

 

私もその方も、感傷に浸っているような年齢でもないんですが、いなくなると思うとやはり寂しいものです。

ただ、その方は7年間単身赴任でこちらに来ていて、今回は地元に戻る形ですので、まあ、ご本人にとっても良かったと言えば良かったのですが・・・。

 

でもやはりその方の存在は仕事面に限らず非常に大きかったのでとても残念です。

 

普段からゴルフや飲みなどをサシで行くくらい懇意にさせて頂いていた為、今回は感謝の意味も含め、会社としてではなく、個人的に送別会をさせて頂きました。

 

お店はといえば、近所にに気になる居酒屋ができていたので、その方が日本酒が好きという事もありそこのお店を予約しました。

 

割と有名な日本酒の銘柄がおいてある店だった為、お酒目当てで入ったのですが、料理も素晴らしく、普段は絶対に食べる事のないクエ鍋や、ヒレ酒などを嗜みながら7年間に思いを馳せました。

 

新政

 

 

 

日本酒というのは不思議なもので、普段は決して口に出さないような心の内などもついつい吐き出させてしまうような効果があります。

 

その晩は、ただただ酔いにまかせて、人が聞けば恥ずかしくなるような思いなどを赤裸々に語っておりました。

 

 

 

そんな中、入ったそばから気にはなっていたのですが、このような居酒屋でありながらBGMには何故かローリングストーンズが延々とループ。

 

最初こそ似つかわしくないかとも思いましたが、なかなかどうして、まさにこの場にピッタリ。

一人耳を傾け、その場に酔いしれておりました。

 

 

 

帰り際、店の通路にはハックニー・ダイアモンズのポスターが飾ってありました。

 

ハックニーダイアモンズ

そうか、店主がストーンズのファンなんだな・・・。なかなか珍しいかも。

 

それにしても・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本酒にはストーンズが良く似合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り道、吹きすさぶ寒風に身を縮みこませながら、寂しさを紛らわすかのように

ひとりほくそ笑んでおりました。

 

 

 

 

 

ではまた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ジョンレノン   リアル・ラブ  隠れた名曲


今巷では、「Now And Then」がビートルズの新曲として賑わっております。

 

AIを巧みに活用して、古い音源をクリアに再現して発表するというのは、何ともSFチックな話ではありますが、ファンにとってはとてもうれしい事ですよね。

 

さて、今から去ること28年前に、アンソロジープロジェクトという物がありました。

(ここでは細かい内容は割愛致します。)

その時3曲が新曲としてリリースされる予定でしたが、その中にこの「Now And Then」も含まれていたらしいのです。しかし、音源の状態があまりに悪かった為に当時は断念したとの事でした。

そんな経緯があった物が昨今のテクノロジーの進化により実現できた訳です。

 

さて、今回私が取り上げたかったのはそのアンソロジープロジェクトの時にリリースされた、「リアルラブ」という曲についてです。

しかも、その時新曲としてリリースされたバージョンではなく、ジョンのオリジナルデモテープの方です。

 

 

その時のビートルズとしてリリースされた、作り上げられたバージョンもとても素晴らしいですが、ジョンのアコースティックギター1本での弾き語りは、とても心に響くものがあります。

このバージョンは、実は1988年に制作された映画「イマジン」でオープニングを飾っている曲でした。

 

当時私は中学3年生。まさにビートルズかぶれのど真ん中におり、大いに興奮して

映画館に駆け込みました。

 

その映画の冒頭でこの曲が流れており、「知らない曲だけどとてもいい曲だなあ」と思ったのを今でも鮮明に覚えております。

 

 


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その後アンソロジーで新曲としてリリースされた時には、ピアノバージョンだったのでちょっとがっかりした思い出があります。

 

 

 

私個人的にはこの曲は、ジョンの曲の中でもかなり名曲だと思っております。

 

ジョンのソロ時代の楽曲は、好きな曲は沢山ありますが、ちょっと癖があるというか、

独特な空気感がありとっつきにくい物もありますが、この曲はとてもシンプルで、美しい曲だと思います。

 

音楽的には、半音ダウンチューニングで、ナインスコードを多用し、シンプルで美しい中にも独特な浮揚感があります。そしてラストのギターで何かを問いかけるように静かに締めくくります。

 

現在、AIにより通常では聴けなかったようなクリアなサウンドが復元できていますが、

ギター1本でシンプルな名曲も同時期にあったという事を、少しでも思い出して欲しいと、ジョンの命日を前に記事にした次第です。

 

 

 

 

ではまた。

 

 

 

ジョンレノンのギタープレイについて

世の中に一流ギタープレイヤーと呼ばれる人は沢山りますが、ジョンレノンをそのように表現する人はどれくらいいるでしょうか。

 

時は1963年11月。ビートルズ2枚目のアルバム「ウィズ・ザ・ビートルズ」がリリース。その中に初期ビートルズの中の代表曲「オール・マイ・ラビング」が収録されました。

この曲はポール作によるものですが、曲中ジョンは1拍3連符のバッキングギターを披露しています。

実際にプレイしてみるとわかりますが、これがかなり難しいのです。

何とか弾くことができたとしても、本来のリズムギターとしての役割である曲にグルーブを与えるという点においては特に難しい。ジョンならではのプレイであるとつくづく感心します。

 

ジョンは生涯においてギタープレイヤーとしてはそこまで評価されていなかったと思います。

実際当の本人も、

オレは、そんなにたっぷりギターの腕前を披露する程のギタリストじゃない。ジョージの方がオレより上手いから、リード・ギターは彼に任せてたよ。まあ、気が向いた時にはリード・ギターもやったけどね。

ギターワールド誌インタビュー

と語っております。

 

まあ、確かに本人が語っているようにジョンは惚れ惚れするようなテクニカルなギターソロを弾くタイプではないとは思います。

又、そういったプレイの方が多くの人にとって解りやすいでしょう。

 

しかし、彼はビートルズというスーパーバンドにおいて、曲をグルーブさせるという役割においては、間違いなく超一流プレイヤーであったと言えるでしょう。

特に、初期のビートルズサウンドのグルーブ感はジョンのリズムギターによる所が間違いなく大きいと思います。

 

 

 

という訳で、ちょっと前置きが長くなりましたが今回久しぶりに宅録で「オールマイラビング」をやってみました。


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これは宅録ですので私の場合は何度も何度も撮り直し、ベストテイクを抽出し、DAWソフトの力を最大限利用して作りましたが、ビートルズはほぼ一発どりに近い形でレコーディングをしていたと考えるとゾッとします。

 

ビートルズは一見簡単そうに見えてしまうから困ったものです・・・。

 

 

 

 

 

 

ではまた。

 

 

 

 

 

 

大谷翔平    そして彼は神になった

少々大げさなタイトルをつけてしまいましたが、今回、大谷の記事をみてこんなタイトルとしてしまいました。

 

 

普段は音楽関係を中心に記事を書いているので、野球の記事はどうかなと思いましたが、書かずにいられず記事にさせて頂きます。

 

 

私はもともと野球もかなり好きで、地域柄日本ハムも贔屓にしている球団です。

ただ、日ハムファンでありながらもあまり大谷の事がそんなに好きではありませんでした。

 

その理由は、すべてを完璧にこなし、見た目もカッコよく、あまりに出来すぎているその存在に、ひがみ根性なども重なって、人間的な魅力のような物を感じ取る事ができなかったからです・・・。

 

私が好きなプレイヤーは、どちらかといえば往年の昭和の、どちらか一方に針が振り切ったタイプ。例えばマサカリ投法村田兆治や、南海やオリックスでプレーした門田博光のような選手でした。(古すぎですね。)

 

 

ただ今回の大谷翔平の行動はそんな私のちっぽけな考えなど一蹴する内容でした。

 

 

 

 

彼が今回行った事は、日本全国にある小学校2万校に対し、3個づつ(合計6万個)のグローブを寄付するという内容でした。

 

 

 

よく有名人が、とある団体や機関に大きな額の寄付をする話は耳にしますが、今回の大谷が行った寄付の意味する所は、ただお金を寄付する事以上に大きな意味があります。

 

ちょっと野暮な計算ですが、金額でいえば、恐らくグローブが1個1万円として6万個で6億円。この金額自体も個人の寄付と考えれば途方もないですが、金額そのものは大きな事ではないと考えます。

 

それよりも、このお金をどれだけ有意義に(生き金として)使う事ができるかと考えた時に、今回の大谷がとった行動は、今後の野球界にとってとてつもなく大きな意義があると言えると思うのです。

 

彼は今回、”全国のすべての小学校(特別支援学校お含む)”に対して、そして”3個づつ”グローブを送りました。

 

 

ちょっと想像してみて下さい。

 

 

 

もしあなたに小学生のお子さんがいるなら、もちろんその子が通う小学校にもグローブが届きます。

お子さんの気持ちからすると、「あの大谷翔平がくれたグローブを使ってキャッチボールがしたい!」と思うのではないでしょうか。

しかも今回寄付するグローブは、右利き用2個と左利き用1個で3個との事。左利きの子にも配慮している訳です。

又、グローブが3個あって、バットがあればちょっとした野球の真似事もできますしね。

 

そんな事からも今までとは明らかに野球に触れる子供たちが増える事でしょう。

 

 

野球人口が減っていく昨今、口では懸念を表明する人は数多くいれど、ここまで具体的に実行した人は存在したでしょうか。

 

つまり彼は、大谷翔平というみずからのブランドを最大限活用し、漏れなく、より効果的で、より確実にアプローチできる方法を、6億円(憶測ですが・・・。)を使って実行した訳です。

これはまさしく、「三方良し」にとどまらず「八方よし」といえるのでは無いでしょうか。

社会人である我々は大いに参考にするべきだと思います。

 

 

 

 

 

10年後、20年後に神様がくれたグローブで野球を始めた子供たちが活躍するのが楽しみです。

 

 

 

 

今後の日本の野球界はまあまあ明るいかなと・・・。

 

 

 

 

ではまた。